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“新しい労働時間制度(残業代ゼロ制度)”はそんなに新しくないと思う

安倍内閣下で、成長戦略を実現するための諮問機関の1つである産業競争力会議。その産業競争力会議から、「残業代ゼロ制度」とも揶揄される「新しい労働時間制度」が提案されています。あえてリンクは貼りませんが、この制度が各メディアで話題になっているようです。

さて、この「新しい労働時間制度」。一労働者として気になる制度ではあるため、いろいろと議事録や関連資料などを調べてみたのですが、その新しさがよく分かりませんでした。

同会議の議員の1人、武田薬品工業代表取締役社長でもある長谷川閑史氏が提案したのが下記の資料です。

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資料では、新たな労働時間制度としてAタイプとBタイプの2つが提示されています。
以下、一部抜粋します。

Aタイプ(労働時間上限要件型)
  • 対象
    • 国が示す対象者の範囲の目安を踏まえ、労使合意を要する(職務経験が浅い、受注対応等、自己で管理が困難な業務従事者は対象外)。
    • 本人の希望選択に基づき決定。
  • 労働条件・報酬等
    • 労働条件の総枠決定は法律に基づき、労使合意で決定(年間労働時間の量的上限等は国が一定の基準を示す)。
    • 期初に職務内容を明示し、業務計画や勤務計画を策定。不適合の場合、通常の労働管理に戻す等の措置。
    • 報酬は労働時間と峻別し、職務内容と成果等を反映(基本はペイ・フォー・パーフォーマンス)
    • 労働基準法と同等の規律がある場合、現行の労働時間規制等とは異なる選択肢を提示し、労使協定に基づく柔軟な対応可。
Bタイプ(高収入・ハイパフォーマー型)
  • 対象
    • 高度な職業能力を有し、自律的かつ創造的に働きたい社員(対象者の年収下限要件(例えば概ね1千万円以上)を定める)。
    • 本人の希望選択に基づき決定。
  • 労働条件・報酬等
    • 期初に職務内容や達成度・報酬等を明確化。
    • 職務遂行手法や労働時間配分は個人の裁量に委ねる。
    • 仕事の成果・達成度に応じて報酬に反映。(完全なペイ・フォー・パフォーマンス)
    • (成果未達等により)年収要件に不適合の場合は通常の労働管理に戻す等の措置。

ってこれ、結局のところ、現行の労働基準法第38条で規定されている、いわゆる「みなし労働時間制」と何が違うんでしょうか。

みなし労働時間制 - Wikipedia

すでに労働時間規制の弾力化の一貫として、労働基準法にはみなし労働時間制というのが規定されており、「事業場外労働のみなし制」「専門業務型裁量労働制」「企画業務型裁量労働制の3タイプあります。

1つ目の「事業場外労働のみなし制」というのは、外回りの営業マンや取材記者など、事業場外での業務が多く労働時間が算出しづらい時に用いられる制度です。

2つ目が上記のBタイプ(高収入・ハイパフォーマー型)に近いのですが、新規製品の研究開発業務や、いわゆる士業とよばれる弁護士や税理士、大学教授や証券アナリストなど、専門性の高い業務に従事する労働者に対しては、その業務の性質上、時間配分の決定等に関して具体的な指示を出しにくいため、実際の労働時間数に関係なく、規定の時間数労働したと“みなす”制度です。

3つ目の「企画業務型裁量労働制」は、どちらかというとAタイプ(労働時間上限要件型)に近いと思います。「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務(法律原文ママ)」に「対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者」が就く場合に当てはまる制度です。

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この辺も含めた、労働法の内容ついてはこちらの書籍が分かりやすいです。僕は大学時代の一般教養の授業の教科書として買いました。

今回の「新しい労働時間制度」は、この「みなし労働時間制」の緩和と対象範囲の拡大に過ぎないのではないでしょうか。多少報酬への言及が増えているのかな、くらいの印象はありますが。

さも新しい制度のように提案されていますが、どうせ労基法上いじるのは第38条だと思いますし、ゼロベースで議論していくよりも既存の法律の問題点について議論したほうが無駄に発散しなくていい気がしています。


ちなみに僕自身の考えで言うと、この制度自体はおおむね賛成ですし、自分の会社で採用されるのであれば立候補したいくらいです。ただし、次の3つを守られるというのが大前提にあります。

1.労働時間の上限規定

労働時間と報酬を切り離すというのは賛成ですが、とはいえ、成果が出るまで労働させるというのは反対です。労働時間の上限は絶対に設けるべきです。報酬に見合う成果を出せなかった労働者に対しては、次の期の業務内容と報酬をすり合わせる際に、労働時間内で出来る範囲に業務内容を削減し、それに合わせて報酬を設定すべきでしょう。もしくは、労働時間と連動した報酬制度に戻すかです。

2.ジョブディスクリプション(職務記述書)の明確化

また、ジョブディスクリプションを明確にするというのも重要です。あまり日本では馴染みがないですが、海外では一般的な書類で、要するに職務内容を明確化したものとなります。成果主義を掲げるのであれば、これがないと始まりません。事前に職務内容と何を成果指標とするかを雇用者と被雇用者の間で予め設定しておくことで、期末の振り返りが公平なものになるというメリットがあります。ジョブディスクリプションにない仕事を振られた際に「いや、それは事前に決めた職務内容にありませんから無理です」と断ることもできます。
別の議論にもなりますが、労働者が残業している理由って、経営者や上層部の「ちょっとこれについて調べといて」など、通常業務とは別に無邪気に投げてくる仕事によるものが大きいと個人的には思っているので、ジョブディスクリプションを明確化することでそういったことも減るんじゃないかと推測しています。

3.人件費の支給総額の削減無し

また、成果型報酬制度に対する批判として、加点方式ではなく減点方式で採用されることで、人件費の抑制に用いられるというのがあります。これを避けるために、導入前後で、会社単位・事業部単位・部署単位での1人当たり報酬の支給額を明示し、人件費の総額が削減されていないことを証明する必要があるのではないでしょうか。個人の報酬が増えるにせよ、減るにせよ、全体としてプラマイゼロ、あるいはプラスにならなければ先述の批判を避けられないでしょう。まあプラマイゼロにするためには個人のオプトイン形式ではなく、会社や事業部、部署に所属する全員が「新しい労働時間制度」に移行する必要があるのですが。


上記の3点さえ守られるのであれば、「新しい労働時間制度」というのは案外ありなんじゃないかと思っています。というかこれくらいだったら会社によっては(外資とか)部分的に導入されているのではないでしょうか。