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京大総長のインタビューについて

毎日jp(毎日新聞)
少し反応が遅れてしまったんですが、先週の土曜に京大の松本総長がインタビューを受けてる記事が出て話題になってたのでちょっと思うところを書き記したいと思います。ちょっと長めの文章なんですけれど、しばらくすると記事が消えてしまう可能性があるので全文を引用します。

◇社会全体で「育人」を−−京大総長・松本紘さん(70)

 −大学院や教養教育などで新しい取り組みを進めておられます。

 今の日本社会に欠けているのは人材育成です。文明=利便性や技術は進んでいるが、文化=心の世界は必ずしも進歩していない。そのギャップを埋めるような人材を育てなければならない。教え込むのではなくて、自分で気づき成長しようとするのを引き出すのが、大学の役割です。

 だから、教え育てる「教育」という言葉よりも、人を育てる「育人」でなければならない。短期で成果は出ないことだから、長い視点で日本社会を担う人をどう育成するのか、大学だけでなく社会全体で「育人システム」を考えなければならない問題だと思います。

 −秋入学よりも入試制度改革が先、とおっしゃっていますね。

 今、子どもの育ち方がひずんでいると思います。偏差値一辺倒で、入試の技術だけ身につけて大学に来る。全員大学に入っても、学力がなくて進路を見失い、社会に出ても役に立たない。医者になりたい人ではなくて、成績のいい人が医者になるように、単細胞でモノレール的なキャリアパスになっています。競争することだけがいいことではない。

 受験勉強ばかりでなく、高校時代にやっておくべきこと、例えば音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる。大学では意志をもって一生懸命勉強して、卒業してもらう。出口管理ですね。このように大学が入学試験を変えれば、高校、中学にも波及するのではないかと期待しているんです。

 −京都大学でのこれからの“育人”は。

 企業や社会へ「どんな人材を出すか」を考えないといけない。以前は大学院は研究の後継者を育てるところだったが、今はどんどん大学院へ行く結果、ポスドク(博士研究員)が増えてキャリアが行き詰まっている。研究が高度に専門化、細分化される一方、学問の基礎としての教養を見直さなければならないと考えています。

 京都は大学の町、住民が大学に敬意をもって接してくれる。ノーベル賞を誇りにしてくれる。こんなところは他にはありません。その敬意に応えるためにも、名前を光らせ成果を上げ、世界に通用する人間を育てる、これをしなければ京都大学ではなくなると思います。

 京都大学は「自由の学風」と言われているが、自由=勝手気ままではない。かつては権力の束縛からの自由だったが、これからは既存の概念や知識からの逸脱、科学と非科学の間の「未科学」領域に、科学を広げてゆく。例えば、イブがアダムのあばら骨から作られたとする神話は非科学的。でも、山中伸弥教授のiPS細胞はそこに挑戦したのです。科学を広げるチャレンジをするのが「京大の自由」なのです。【聞き手=小笠原敦子・京都支局長】(つづく)

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 ■人物略歴
 ◇まつもと・ひろし

 1942年中国・張家口生まれ。京都大工学部卒。京都大学超高層電波研究センター長、生存圏研究所長などを経て08年10月から総長。工学博士。専門は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波科学、宇宙エネルギー工学。著書に「京の宇宙学」など。
2013年・春を言祝ぐ:支局長インタビュー/3 京大総長・松本紘さん /京都? 毎日jp(毎日新聞)

はい。
まあ色々と突っ込みどころはあるのですが、炎上してるのは入試改革の部分ですね。(参照:京大総長 「恋愛経験ある人には入試のバリアを下げる」 | ニュース2ちゃんねる
「受験勉強ばかりでなく、高校時代にやっておくべきこと、例えば音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる。大学では意志をもって一生懸命勉強して、卒業してもらう。出口管理ですね。このように大学が入学試験を変えれば、高校、中学にも波及するのではないかと期待しているんです。」
この部分、前半と後半がつながってない気がするんだけど大丈夫なんだろうか。インタビューだし聞き手が適当にまとめちゃったのかもしれないけど。一文目で入試の話をしてるのに、次の文で出口管理とか言い出してるのが謎。無理にその次の段落とつなげようとし過ぎといった感ある。それに高校時代に幅広い経験をした人の方が、そうでない人に比べて意志をもって一生懸命勉強するって証拠はどこにあるんだ。
それはおいといて、「音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる」ってとこですよ問題は。色んな読み方ができてしまう曖昧な表現になっていますが、別に「試験の成績よりも中高時代の幅広い経験を重視する」ということでもないと思います。もしそう思ってるんなら迷わず眼鏡をかち割りに行くところですが。だって学力がないって言ってんのに入学試験重視しないとかどういうことだよってなるでしょ。
まず前提として、その他の試験と同じように、京大の受験でも成績は大体正規分布っぽいカンジになるんですね。つまり、上位層がチラホラいて、真ん中に膨らみがあって、下位層がまたチラホラいるという結果になるわけです。んで、倍率が3倍前後なので、合格最低点ギリギリのところって結構同点の人とか1点差で落ちた人が大量にいたりするという現状があります。
恐らく総長様はですね、そこらへんの人たちの中で、どうせ点数がそんなに変わらないのなら受験勉強しかしてこなかったような人よりかは中高時代に目立った活躍をした人を取ってあげたいってことを言ってるんじゃないでしょうか。そうなってくると恋愛とかはどう評価すんねんって疑問も出るわけですが。
というわけで、あくまで試験の成績を重視しつつ、合格ラインギリギリ辺りでは試験の成績以外も加味するという風な意味での「幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる」ということであれば、アリっちゃあアリなんじゃないかと思います。
ただ、その上であえて言わせてもらうと、別に試験の成績しか見ないような受験のシステムでも、幅広い経験をしてる人は勝手にしてると思うんですよね。例えば俺なんかも、某クイズ番組で全国の上位に食い込んだり、懸賞金付きの論文コンテストで受賞したり、ほかにもボランティアやったり生徒会副会長とかしつつも一応現状のシステムの中で京大に合格することはできてるんですね。他にも、同級生の中には高校の音楽科ピアノ専攻でピアノやってた人とか地理オリンピック出てた人とか前述の某クイズ番組で優勝した奴とか(ぐぬぬ)いたりして、わりと幅広い経験をしてきた人間が集まっているような気はします。総長が何をもって「偏差値一辺倒で、入試の技術だけ身につけて大学に来る」とおっしゃっているのか分かりませんし、勝手に決めつけないで頂きたいです。それに、他のことやってたから勉強できなかったというのは甘えでしかないと思います。そういうやつが大学入って勉強するとは考えがたいでしょう。
そういう意味では、別に今のままでも様々な経験をした学生を集められてるのだから、わざわざ大学側から集めに行く必要はないんじゃないのかなあとも思いますが。加えて言うと、育人とかいう問題については、入り口じゃなくて大学内でどうこうすべきな話じゃないでしょうか。