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「入試は間違っている」の?

前置き

京大カンニングの件、盛り上がってますね。
カンペとかでカンニングしたものと違って、なまじ詳しい方法が分からないぶん、様々な推測を呼んでるんだろうなと思います。

これに関連して、入試制度や大学の制度そのものに関する様々な議論が巻き起こっています。
そのうちの一つ、小飼弾さんのブログがこれです。
404 Blog Not Found:news - ソーシャル・カンニング? いいね!

彼の提案は、「自力で何とかする力」だけでなく「甘える力」を評価したらどうかというものです。
まあ、詳しくは彼のブログを読んでください。

これ以外にも、入試に関して、「調べる能力も大事な能力だから、それを評価しないのはおかしい」のような意見も出ていたりします。
「何でちきりんって奴はカンニング犯擁護してんだ?」中川淳一郎がネット擁護論者を斬る - Togetter
このまとめに出てくるちきりんさんもそういったポジションですね。

今回のカンニングの件に関しては様々な論点があると思います。
このエントリーでは入試はどのようにあるべきかという論点のみを記述したいと思います。

今の受験は間違っていて、変えるべきなのか?

個人的には、知識偏重型の受験というのはあまり好きではありません。しかし、だからといって今の受験制度が間違っているとも思いません。

理由は2点あります。

  • 知識を詰め込む機会が大学受験以外にあまりない
  • 今の受験制度は知識だけを問うものではない

からです。

1点目に関してなのですが、高校までの勉強以外で「知識を詰め込まなければいけない」という場が実際にはほとんどないかと思います。しかし、実際人生の多くの場面で知識を求められることがあります。そういった際、受験時代に培った「知識を詰め込む」という経験がモノを言うと思っています。
また、そこで詰め込まれる知識が役に立たないことばかりであるという批判もあります。まあ個人的には役に立たせることが出来るかどうかは自分次第だと思ってますが、確かにそういう面もあります。しかし、すぐに役に立つようなことは将来にわたって役に立つかどうかは分かりません。例えば、情報の授業をもっと増やすなどの提案もありますが、技術がどんどん進歩していく以上、結局は「授業以外でも情報技術に関して興味を持てるようにする」ような接続的な役割しか果たせないと思います。他の科目とトレードオフなのであれば、僕は特に増やす必要は無いと思っています。もちろん改善出来る部分があるのはもちろんですが。
それこそ、学生は何をしてもいい時代なのだから、世の中のすぐに役に立つような知識や経験を積むよりは、じっくりと受験勉強にいそしんでみる方がいいと思いますね。


2点目は、受験制度批判に対して疑問を持ったため挙げてみました。まず前提として、「新しいものを提案する時には過去のもの批判する」ことになりがちであることに気をつけて欲しいというのは個人的な感想です。
で、実際の受験制度なのですが、確かに上に書いたように受験勉強も大切だと思いますが、受験勉強以外の部分で能力のある人間を取らないというのもおかしな話だと思います。それこそ「ネットワーク&ITの時代において問題を解く力」を求めてもいいかもしれませんし、「ビジネスコンテストでなんども優勝してきた」「甲子園に出場した」「囲碁5段」のような実績を見るのもいいと思います。
しかし、今の大学入試がこういったものを評価せず「知識だけを問う」ものでしょうか?
そうではないと思います。分かりやすいところで言えばAO入試などがあり、(AO入試に様々な問題があるのは周知の上ですが)そういった、受験以外の能力や実績を見ていると思います。
また、一見知識偏重型に見える一般入試に関しても、実は知識だけを問うていない場合もあると思います。
例えば、京大に関して言えば、基本的に「選択肢から正解を選ぶ」タイプの問題ではなく記述問題が出題されています。実はこういった問題では、正解にたどり着くことが評価対象なのではなく、どのように正解に向かうかを見ていることもあります。もちろん、正解した人間に振られる点数は等しいのですが、正解にたどり着けなかったとしても「部分点」という形で評価しています。
他にも、国立医学部は難しいという話をよく聞きますが、問題自体は簡単であったり、センター試験の結果が大きく影響したりする場合が多いです。難しいと言われるゆえんは、高い得点率を求められるからです。ここには、「誰にも解けない問題を解ける能力」ではなく「誰にでも出来る問題をミスなくこなしていく能力」を求めているという一種のメッセージも読み取れると思います。だってそういう医者のほうがいいでしょう?
個人的な話でいけば、僕は京大経済論文入試とICUという二つの変わった大学入試を受けました。どちらも一般的な受験勉強だけでは培うことの出来ない力を問うものでした。

今後、大学入試は変わっていく必要があるのは間違いないと思いますが、そういう議論をしていく際にはこういった現状を忘れないでいて欲しいと思います。

終わりに

すごく感情的な話なのですが、今回の件で、「他人に頼る力」「ITを活用して情報を集める力」といった能力を評価すべきだという内容の意見がTwitterなどで散見されました。まあそれも悪く無いと思いますがそんなのいつでも身につけられるというのが僕の意見です。
それに、僕はクイズをやってたりもするのですが、
「自分の持っている知識をフルに活用して自分の力で勝利を勝ち取る」(合格する?)っていう経験はすごい気持ちいいですよ。
合格発表の瞬間の興奮はある種スポーツやってるときみたいなドーパミン出てたはず。あなたもそういう経験ありませんか?
これって多分他人に頼ってたりしても得られないと思うんですよね。

色んな力を求めるのもいいけど、こういう体験はなくしちゃいけないような気もするんだよなあ。